知的財産権の重要性は世の中の技術の進歩とともに増しており、それに伴い知的財産を扱う特許事務所の重要性も増しています。
このようなことから、転職関係のサイトを見ると特許事務所への転職希望の方が多く、また特許事務所への転職について悩んでいる方も多いようです。
そのような方に、元特許技術者が35年の経験から、主として特許技術者への転職についてアドバイスできればと思い、この記事を書きました。
この記事を読めば特許事務所の仕事内容・年収や特許技術者としての適性などについて理解が深まり、特許事務所への転職について悩んでいる方の助けになると思います。
特許事務所への転職 元特許技術者が解説 仕事内容・年収・適性など
特許事務所ってどんな仕事をするの?
仕事内容の概要
国内出願(内内出願:ないないしゅつがん)
特許・意匠・商標などの知的財産について、国内で知的財産権を取得しようとする企業や個人などの顧客(クライアント)からの依頼を受けて出願書類を作成し、日本の特許庁へ出願します。
外国出願(内外出願:ないがいしゅつがん)
知的財産について、外国で知的財産権を取得しようとする顧客からの依頼を受けて出願書類を作成し、出願国の特許事務所と協力して、出願国の特許庁へ出願します。
出願国の特許事務所を介するのは、日本の弁理士が外国の特許庁への手続きの代理を直接することができないからです。
外国出願の場合の主な出願国は、米国、中国、韓国、欧州です。日本の特許事務所と現地(出願国)の特許事務所との間でやりとりする書類の言語は基本的に英語です。
外内出願(がいないしゅつがん)
知的財産について、外国の特許事務所を介して、日本で知的財産権を取得しようとする顧客(外国の特許事務所の顧客)からの依頼を受けて出願書類を作成し、日本の特許庁へ出願します。
中間処理(中間手続)
出願済みの国内出願・外国出願・外内出願について、権利化に向けて特許庁との間で行う各種手続のことです。
例えば、特許庁から拒絶理由通知(オフィスアクション)を受けると、その拒絶理由通知に応答するために、顧客と相談しながら応答書を作成し、特許庁に提出します。
応答書の提出は、外国出願については現地の特許事務所を介して行います。
特許事務所の人員の概要
特許事務所の人員は、弁理士、特許技術者(弁理士以外)、翻訳者、国内事務担当者、外国事務担当者、外内事務担当者、図面作成担当者、SE(システムエンジニア)です。なお、これは大手・準大手の特許事務所を想定したものです。
弁理士の主な仕事内容
顧客との面談、特許出願の明細書(特許明細書)作成、中間処理対応などの「特許実務」
顧客との面談の内容は、特許出願の依頼を受けた発明についての聞き取り、打ち合わせ、権利化への提案などです。
特許明細書は、特許出願の際に願書に添付して提出する書面であって、権利を取得しようとする発明の内容を記載したものです。特許権取得後は発明の権利範囲を示す権利書として機能します。
中間処理対応は、拒絶理由通知に対する応答書の作成などです。
特許技術者の仕事内容
弁理士の指導監督のもとに行う「特許実務」(実質的には弁理士の仕事内容とほぼ同じ)
翻訳者
外国出願する特許明細書や中間処理の応答書の翻訳
国内事務担当者
日本の特許庁へ提出する国内出願・中間処理などについての事務書類の作成を含む事務手続きなど
外国事務担当者
現地特許事務所へ送付する外国出願・中間処理などについての事務書類の作成を含む事務手続きなど
外内事務担当者
日本の特許庁へ提出する外内出願・中間処理などについての事務書類の作成を含む事務手続きなど
図面作成担当者
特許明細書に添付する図面、意匠図面などの作成(パソコン使用)
SE(システムエンジニア)
所員が使用するパソコンやソフトウエアの保守点検・セキュリティ対策など
特許技術者 求められる人材はどんな人?
学歴は?
採用担当者(所長・副所長など)は、一流大学出身者を好んで採用する傾向にあります。このため、大手・準大手の特許事務所の弁理士・特許技術者は一流大学と言われる国公立大学・私立大学の出身者の比率が多くなっています。
これについては、特許事務所に対して大手顧客から弁理士・特許技術者について出身大学や専門分野に関する情報を求められることも少しは影響しているように思います。
なお、知財の仕事は実力主義の世界ですから、採用さえしてもらえれば仕事をする上で学歴は特に影響しないでしょう。
学歴については今さら仕方ないという方も多いでしょうから、やる気があるならまずは求人に応募してみることをおすすめします。
専門分野は?
特許技術者には化学系の出身者も大勢いましたが、特許出願の技術分野の比率から、常に求められているのは、物理系、特に電気・電子・情報(IT)関連の出身者です。また、最近ではバイオ関連の出身者も求められています。
未経験でも大丈夫?
多くの特許技術者は未経験者可です。そのような特許事務所は、未経験者を特許技術者に育てるために懇切丁寧に指導します。
しかし、特許事務所によっては未経験者不可のところもあります。理由は、未経験者を特許技術者に育てるには、本人の努力はもちろん、事務所側にも大きな負担(時間と労力)が必要となるためです。
文系出身でもいいの?
意匠・商標の担当者は文系出身者の割合が比較的多いでしょう。
また近年はIT関連の特許出願が増加しています。この分野は努力しだいで文系出身者でも対応可能です。後輩にはIT関連分野で活躍する文系出身の優秀な人がいました。
特許事務所 年収はどうなの?
以下に示す年収は、特許関連の種々のサイトを見て判断した結果です。
なお、特許事務所の規模や経営状態によって差がありますので参考程度にしてください。また、関西よりも関東の方が若干高い傾向があります。
弁理士
特許事務所の弁理士の平均年収は700~750万円程度ですね。
なお、厚生労働省の2021年度(令和3年度)賃金構造基本統計調査によると、弁理士の平均年収は945万円(平均年齢: 43.9歳)ほどで上記の額よりもかなり高くなっています。
これは平均年収が相対的に高い企業内弁理士(800~1000万円)や独立弁理士(数千万円~数億円、所長など)の年収が平均値を引き上げている結果だと思います。
感想
平均年収の700~750万円という数字は、難関資格を取得した士業の年収としてはチョット夢のない数字ですよね。ただこれは若手も含めた平均値だと思いますので。
以前に勤めていたところで経験5年以上のバリバリの弁理士に聞いた年収は、上記数字の上限よりも+100万円以上でした。それでも本人は満足していないようでしたが。
特許技術者
弁理士よりも実力差が大きく年収に影響しやすいので、500~700万円と幅が広くなります。なお、この額は事業会社の知財部(知的財産部)よりも少し少ない額です。
事業会社:営利を目的として経済活動をする会社。一般的に金融以外の事業を行う会社のことを指す。
感想
弁理士と同じ感じで10年以上のベテランでバリバリ働いている人は、上記数字の上限よりも+100万円以上の人も結構いるのではと思います。
国内事務担当者
350~400万円程度でしょうか。
外国・外内事務担当者
400~450万円程度でしょうか。国内事務担当者よりも必要なスキルが多くなる分、国内事務担当者よりも多いようです。
翻訳者
中堅クラスで600万円前後でしょうか。特許翻訳は一般的な翻訳とは異なり、かなり経験・習熟が必要な仕事ですので高くなる傾向があります。
どんな特許事務所がおすすめ? 規模・経営方針・難易度など
特許事務所の規模に注目して中小と準大手・大手とを比較すると、それぞれにメリットデメリットがあります。しかし、総合的に判断して、働くなら中小よりも準大手・大手の特許事務所がおすすめです。
これは私が零細の特許事務所から準大手・大手の特許事務所までを実際に経験したのでよく理解できます。なぜなら私が務めた特許事務所は、当初は零細規模でしたが長い年月をかけて準大手・大手の規模になったからです。
以下では準大手・大手の特許事務所を単に大手事務所、中小の特許事務所を単に中小事務所と表現します。
なお、中小、準大手・大手の定義は明確ではなく、例えば特許事務所のランキングサイト(出願件数ランキングを提示するサイト)で上位から30番目までを準大手・大手とみなすといった程度の区別です。
ここで、中小事務所と比較した場合の大手事務所のメリットを確認しておきます。
大手事務所のメリット
給料が高い
大手事務所は多数の顧客を抱えていますので、安定的に大量の受注を処理できます。したがって、中小事務所よりも給料が高い傾向があります。
顧客の影響
大手事務所は多数の顧客を抱えています。したがって、一つの顧客の影響を小さくできます。
例えば、顧客Aが輸出で稼ぐ企業であれば、円高になると業績が低迷し、それによって顧客Aからの受注量が減少する事態が起きやすくなります。
しかし、このような事態が起きた場合でも他の顧客B, C, D, …からの受注量が減少しなければ、顧客Aからの受注量減少の影響を小さくできます。
中小事務所では、顧客の数が少ないので、一つの顧客からの受注量減少の影響が相対的に大きくなります。このような事情で中小事務所は経営が不安定になりやすいという問題があります。
役割分担が明確
各部門の役割分担が明確なので、特許技術者は自分が本来やるべき仕事に専念できます。
複数のSE(システムエンジニア)が在籍
大手事務所には、通常、SEが複数人(例えば5~10人)在籍しています。
所員のパソコンやソフトに不具合が生じた場合に、SEがその不具合に迅速に対応します。これにより、所員は自身の業務に専念できます。
緊急出願の受注に対応可能
大手事務所は特許技術者が多く在籍しているので、顧客から緊急出願の依頼を受けた場合、複数の特許技術者がその出願を手分けして処理可能です。
この結果、緊急出願を担当する1人の特許技術者に過度の負担がかかる事態を回避できます。また緊急出願を処理することにより顧客からの信頼を高められます。
社会保険に加入している
当然の話ですが、社会保険(厚生年金保険)に加入しています。
退職金制度がある
事業会社と比較して大幅に少ない場合もありますが、少なくとも退職金が支払われる退職金制度があります。
大手事務所でも経営方針は一律ではない
事業会社によって経営方針が異なるように、大手事務所でも経営方針は一律ではなくいろいろです。
私が知る限りでも、(a) 遅くまでの残業・休日出勤を求めるところ、かたや (b) 原則残業禁止・休日出勤禁止でワークライフバランスを重視するところ、などいろいろです。
当然、(a)の事務所は(b)の事務所よりも給料が高くなります。これは一つには仕事量・労働時間の差によるものです。
(a)(b)の事務所のどちらが良くてどちらが悪いという問題ではなく、どちらの働き方を希望するかの問題です。もっとも働ぎ過ぎで体を壊すのは一番よくないことですが。
要するにどちらの事務所が自分の希望する働き方に適合するか、就職先を選ぶときには後々後悔しないように、よく確認することが重要です。
大手事務所は採用のハードルが高い
大手事務所は多数のメリットを有する一方、当然ながら転職する場合のハードルが高くなります。
今の時点でこのハードルを越えられない場合には、まずは中小事務所に転職し、そこで経験と実績を積んだ後、さらに大手事務所に転職する対応が考えられます。
特許技術者に向いている人は? 技術への興味・理解力・文章力・英語力・性格など
特許技術者に向いている人はどんな人か、特許技術者に求められる要件という観点から見て行きましょう。大まかには以下のような感じです。
技術に興味があること
技術に興味があることが大前提です。特許技術者は、発明を理解し、その発明の仕組みなどを特許明細書に書くのが主な仕事です。技術に興味がなければ続けられないと思います。
技術を理解できること
特許明細書を書くには発明を理解できるこが必要です。
しかし、特別高度な理解力は不要です。「この発明はこんな仕組みなんですよ」という発明者の説明を受けて発明の技術内容を理解できればOKです。
特許明細書を書く文章力があること
特許明細書を書くためにはある程度の文章力が必要です。
しかし、特別高度な文章力は不要です。発明者が説明する技術内容を読む人が理解できるように特許明細書に書ければOKです。また、文章力は続けていれば自然と上達します。
英語文献が読めること
外国出願の中間処理を担当する場合にはある程度の英語読解力が必要です。
外国出願の中間処理では出願国の特許庁から基本的に英語の拒絶理由とともに拒絶理由の根拠となる英語文献が示されます。
その拒絶理由に応答するには、英語の拒絶理由の内容や提示された英語文献の技術内容を理解する必要があります。
これってハードル高いよね!と思う人もいるでしょう。私も最初はそうでした。
しかし、特別高度な英語読解力は不要です。英語文献は技術文献なので平易な英語で書かれています。
辞書を引きながらでも、あるいは時間をかけてでも、審査官が何を言っているのか、英語文献にはどんな技術が書いてあるのかを理解できればOKです。
なお、拒絶理由に反論する応答書の翻訳は翻訳者がやります。
長時間黙々と仕事ができること
特許技術者の仕事のスタイルは、長時間パソコンに向かって黙々とキーボードを叩くというもの。とても地味です。
私も朝に同僚と挨拶を交わせしてから昼まで一言もしゃべらない、ということがよくありました。
このような状況には徐々に慣れますが、本質的にこういうのはダメ!というひとは、特許技術者の仕事は向いていないように思います。
特許技術者に向かない人は?
基本的には「特許技術者の適性は?」で説明した要件を満たさない人です。
ここで追加で一つだけ強調しておきたいのは「素直でない人」です。これは特許技術者に限ったことではなく、全ての仕事に共通することでしょう。
「素直でない人」の新人教育担当者は大変です。ただでさえ新人教育は負担が大きいのに、素直な人の教育の何倍も時間を取られてしまいます。
新人さんで基本的な技術もないのに何を勘違いしているのだろうと思うことがあります。こんな人の教育担当はホントやりたくないですよね。
少なくとも新人さんのうちは素直でいましょう。
私の経験上、優秀な人ほど相手に敬意を持って接し、素直であるように思います。
弁理士試験に合格→特許事務所への転職 をお考えの方への注意!
特許事務所の実務が未経験の方で、弁理士試験に合格後に特許事務所へ転職しようと考えている方がいると思います。このような方は以下の点に注意してください。
弁理士試験に合格後に特許事務所へ転職するのは一概に悪いこととは言いませんが、なるべくなら、まずは特許事務所へ就職し、実務をこなしながら弁理士試験合格を目指すのがいいと思います。
理由は、実際に特許事務所の実務を経験してみないと自分がその仕事に向いているかどうか分からないからです。
私は、特許許技術者の仕事は、世の中に多数ある仕事の中の単なる一つの仕事であり、また一つの特殊な仕事と考えています。
これは、特許許技術者の仕事が、他の仕事と比べて特別高度な仕事という意味でははく、「ある程度の適正」が必要な仕事という意味です。
そして、「ある程度の適正」は実際のところ人によっては容易には獲得できないものであったりもします。
以下は過去に同業者から聞いた実際にあった事例の一部です。
不幸な事例1
Aさんは弁理士試験合格を目指して10年間塾講師をしながら勉強を続けてきた→試験合格が見えてきたので特許事務所に就職→就職後に特許許技術者の仕事に向いていないことが判明→止むを得ず特許事務所を退職。
不幸な事例2
Bさんは大手外資系企業を退職後、努力して弁理士試験に合格し特許事務所に就職→いくら丁寧に指導しても特許許技術者の実務ができなかった→止むを得ず特許事務所を退職。
特許出願件数の推移
国内出願の件数(特許庁発表)
2021年の特許出願件数は前年比728件増の289,200件です。2020年が特許出願件数の減少の底かどうかは不明です。ただ、ここ数年、特許出願件数は横ばいです。
国際出願の件数(特許庁発表)
国際出願の件数は、一貫して増加傾向を示しています。(PCT国際出願件数の推移)
外国人による日本への特許出願の件数(特許庁発表)
米国・欧州から日本へなされた特許出願の件数は、2020年まで減少傾向でしたが、2021年には増加に転じました。中国から日本へなされた特許出願の件数は、一貫して増加傾向にあります。
コメント
上に示した特許出願件数の推移から判断して、産業界における特許事務所の重要性は少なくとも維持され、また上昇していくように思います。
転職エージェントの利用
特許事務所への転職をお考えの方、転職を成功させるためには当然ですが情報収集が大事です。
そのためには、個人と比較して圧倒的な情報量や転職ノウハウを有する転職エージェントに登録(登録は無料)し、そこから有益な情報やサポートを受けるのが確実で安心なやり方の一つだと思います。
転職エージェントは、登録すると転職相談に乗ってくれて、求人探しから面接対策、さらには転職にかかわる面倒な手続きまで、幅広いサポートをしてくれます。
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まとめ
特許事務所への転職を検討されている方のために、特許技術者35年の経験から元特許技術者がアドバイスできることを書きました。
本記事に書きましたように、特許技術者は特殊な仕事の一つと言えますので、人によって向き不向きがあると思います。
実際に特許技術者に転職すれば「天職だ!」と思う人もいれば、「こんな仕事やってられるかよ!」と思う人もいると思います。
この記事が特許事務所への転職について悩んでいる方の少しでも参考になればと思います。
この記事を書いた人
元特許技術者
特許事務所で35年間勤務
国内・外国出願およびそれらの中間処理を担当
国内出願の担当件数は1,500件以上
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