特許・意匠・商標などの知的財産は、個人や企業が物品やコンテンツを生産・販売・活用する事業において大きな影響力を持っています。
その知的財産を扱う仕事をしているのが知的財産のプロと呼ばれる特許技術者。
特許技術者は企業の知的財産部にも在籍していますが主な職場は特許事務所です。
知的財産に対する昨今の認知度の高まりから、就職・転職の対象として特許技術者に興味がある方も多くいらっしゃいますよね。
では特許技術者は具体的にどんな仕事をしているのでしょう。
この記事では特許技術者として特許事務所に35年勤めた私が特許技術者の仕事内容について解説します。
・特許事務所の特許技術者の仕事内容の詳細
特許事務所の特許技術者への就職・転職を考えておられる方の助けになると思います。
特許技術者の仕事内容
仕事内容の概要
例えば個人や企業の発明者が何らかの発明をし、その発明で特許を取得したい場合、特許庁に特許出願します。
この出願には細かい決まりがあり、いい形で特許権を取得するには高度な専門知識やノウハウが必要です。
「いい形」とは強い特許権、活用しやすい特許権などの意味です。
そこで、知的財産について高度な専門知識やノウハウを有し、出願の代理業をしているのが特許事務所です。
特許事務所で特許出願の代理人となれるのは国家資格を持った弁理士。
特許技術者は出願等のための書類作成をします。
以下では特許出願から特許権取得までの特許技術者の具体的な仕事内容について説明します。
発明内容のヒアリング
顧客から特許出願の依頼を受けると、発明内容についてヒアリング(聞き取り)をします。ヒアリングでは通常は顧客の知財担当者と発明者が同席します。
ヒアリングは特許技術者が顧客の所に出向いて行ったり、zoomなどのweb会議システムを使ったりして行います。最近は特にweb会議を行うことが多いようです。
また、顧客によっては発明内容を記載した書面だけで依頼を受ける場合もあります。
ここでの特許技術者として必要な能力は
・ヒアリングのために顧客の知財担当者や発明者に敬意を払いながら会話できること。
これって特別なっことではなくビジネスの現場では通常のことですよね。
ヒアリングでの確認・検討事項
ヒアリングでは発明に関して、顧客(発明者や知財担当者)から主に下記の事項について説明を受けます。
・どういった発明なのか
・発明に関連する従来技術(すでに公になっている技術)はどういうものか
・発明と従来技術との構成(構造など)の違いは何か
・従来技術と比較して発明が優れている点(発明の効果)は何か
・どのような形での権利取得を希望するのか
その上でさらに下記の事項などについて検討します。
・所望の権利を取得する上で発明の説明内容(出願書類に開示する内容)は十分か
・広い権利(上位請求項の発明)の取得にチャレンジする場合において、出願後の審査でその発明の権利化が拒絶された場合の狭い権利(下位請求項の発明)をどのように設定するか
・この出願で最低限取得したい権利はどのような権利(権利範囲)か
実際にはさらに突っ込んだ話し合いをしますが、話が細かくなるのでこの程度にしておきます。
出願書類の作成
特許技術者は、ヒアリングが済むと特許庁へ提出する出願書類を作成します。
出願書類は、「願書(特許願い)」、「特許請求の範囲」、「明細書」、「図面」、「要約書」を含んでいます。
このうち、特許技術者が作成するのは「特許請求の範囲」、「明細書」、「要約書」および「図面の下書き」です。
「特許請求の範囲」、「明細書」、「要約書」は一連の書類になるので、特許事務所では通常、これらを含めて明細書と呼ぶこともあります。
「図面」は「図面の下書き」を基に図面担当者が作成します。
特許請求の範囲
特許請求の範囲は、この出願で取得したい権利はこんなんです、という内容を記載するところ。
ここに記載する内容によって発明の権利範囲(発明が特許になった場合の権利範囲)が決まります。
特許請求の範囲には、広い権利(権利範囲が広い請求項:上位請求項)から狭い権利(権利範囲が狭い請求項:下位請求項)まで複数段階の請求項を記載します。
広い権利(権利範囲が広い請求項)
広い権利(権利範囲が広い請求項)とは、少ない構成要件で成立する請求項(発明)です。
例えば構成要件A+Bの発明は、構成要件A+B+Cの発明より構成要件Cがない分、広い権利となります。
ここでの特許技術者として必要な能力は
・発明を成立させる上での必須要件を理解し、広い権利範囲の請求項を作成する能力です。
いきなりは無理ですが、時間をかけてコツコツやれば身に付きます。
明細書
明細書には次のような内容を記載します。
従来技術はこんなんで、それにはこんな問題(課題)があったので、この発明はその問題(課題)を解決するものです、といった内容。
さらに、「特許請求の範囲」に記載した発明を具体的に実施した内容を示す実施形態。
明細書に記載した内容は一旦出願すると原則変更したり追加したりできないので、出願前での記載内容の確認は非常に重要です。
図面
図面は明細書に記載した実施形態の内容に応じて、実施形態の理解の助けになるようなものを添付します。
●特許技術者として必要な能力
・難しい技術を分かりやすく、かつ誰が読んでも誤解がないように伝える文章力。
出願手続き
出願書類が準備できると顧客に送付して確認してもらいます。
その後、顧客から訂正指示があると訂正し、出願指示があると特許庁へ出願します。出願手続きは事務担当者が行います。
中間処理
特許出願が完了すると、特許庁では出願が特許の要件を満たすかどうか審査官が審査します。
審査の結果、出願が特許の要件を満たさない場合、審査官はその理由を記載した拒絶理由通知を発行します。
この拒絶理由通知に応答する作業が中間処理です。
中間処理は特許出願を担当した特許技術者が通常引き続き担当します。
拒絶理由通知の内容
拒絶理由通知は、特許出願が所定の方式に違反していることを指摘するもの、明細書の記載要件の違反を指摘するもの、新規性・進歩性の欠如を指摘するものなどがあります。
明細書の記載要件の違反とは、例えば「特許請求の範囲」に記載した発明が明細書の実施形態の記載から逸脱した内容であることを指摘するものです。
新規性の欠如の拒絶理由とは「特許請求の範囲」に記載した発明が既に知られた技術(公知技術)であることを指摘するものです。
進歩性の欠如の拒絶理由とは「特許請求の範囲」に記載した発明が既に知られた技術(公知技術)から容易に発明できたものであることを指摘するものです。
新規性・進歩性の欠如の拒絶理由通知では拒絶の根拠となる引用文献が示されます。
拒絶理由通知を受けるのは特別のこと?
拒絶理由通知を受けるのは特別のことでしょうか?いいえそうではないです。
日本では特許出願が一度も拒絶理由通知を受けずに特許になること(ここでは一発特許と呼びます)は少なく、拒絶理由通知を受けるのは通常のことです。
特に広い権利の取得を目指した出願では予想の範囲とも言えるでしょう。
逆に一発特許となるのは、出願時点での権利範囲の設定が狭すぎるのではといった考え方もあります。
一方で、出願前に従来技術の調査を十分行う顧客の中には、中間処理の費用を抑えるため、一発特許を目指すところもあります。
拒絶理由通知への応答
拒絶理由を妥当と判断した場合
拒絶理由を妥当と判断した場合には、拒絶理由を解消するように手続補正書を提出し、同時に、拒絶理由が解消したことを説明する意見書を提出します。
手続補正書では必要に応じて「特許請求の範囲」や「明細書」を補正します。
例えば、新規性・進歩性の欠如を指摘する拒絶理由において、権利範囲の広い上位請求項のみが拒絶されている場合、その請求項を削除する補正をします。
あるいは、拒絶されている請求項に対して従来技術(引用文献)にない構成要件を追加し、権利範囲を減縮するように補正します。
ただし、この場合に追加できる構成要件は、出願当初の明細書に記載されている事項のみです。
ですので、明細書には拒絶理由通知への対応を考えて種々の構成(発明内容)をあらかじめ盛り込んでおくことが重要になります。
拒絶理由を不当と判断した場合
一方、審査官が指摘する拒絶理由を不当と判断した場合には、手続補正をすることなく、意見書を提出して拒絶理由に対して反論します。
ここでの特許技術者として必要な能力は
・提示された引用文献を読み込んで拒絶理由が妥当かどうかを判断する能力。
・拒絶理由を解消できそうな請求項等についての補正案を顧客に提案する能力。
・請求項の記載の引用文献の記載とを比較して拒絶理由に対する反論を構築する能力。
などです。
裁判ドラマで見るような、激論を交わして相手を論破するような能力は必要なく、時間をかけて適切な反論ができればいいのです。
拒絶理由通知への応答後
拒絶理由通知への応答後、拒絶理由は解消されたと審査官が判断すれば特許査定となります。その後、特許料の納付など所定の手続きを経ると特許権が付与されます。
一方、拒絶理由は解消されていないと審査官が判断すれば、再度拒絶理由通知が発行されたり、拒絶査定になったりします。
再度の拒絶理由通知に対しては同様にして応答します。
拒絶査定に対しては、その出願の権利化を断念するか、納得がいかない場合は拒絶査定に対する審判を請求します。この審判請求あたりからは弁理士の領域になります。
以上は国内出願での特許技術者の出願から権利化までの仕事の流れです。
外国出願
外国出願の場合も出願から権利化までの特許技術者の仕事の流れは国内出願の場合と同じようなものです。
国内出願と異なる点は、出願国の特許庁とのやり取りを現地の代理人(現地の特許事務所)を介して行う点です。
さらに、使用する言語が英語(場合によっては出願国の言語)という点です。
なお、日本とは特許の要件などのルールが異なる出願国への出願については、「特許請求の範囲」などの記載内容を調整します。
翻訳文のチェック
外国出願は国内出願を基礎とし、その国内出願の内容を特許権を取得したい国(出願国)の言語に翻訳して出願します。
あるいは日本語で出願しておき、後ほど出願国の言語への翻訳文を提出する方法もあります。
出願国での出願は現地の代理人である特許事務所が行います。
日本の特許事務所から出願国へ送る出願書類の言語は通常英語です。英語への翻訳は翻訳者がします。
特許技術者は翻訳文について誤訳がないか、日本文の意図どおりに翻訳されているかなどをチェックします。
出願国が英語圏以外の場合には現地の特許事務所が英語を現地の言語に翻訳します。
ここでの特許技術者として必要な能力は
・翻訳文をチェックできるだけの英語力です。
ただし、技術文書の簡単な英文を理解できればいいので特別高い英語力は必要ないでしょう。
・出願国の日本とは異なるルールについての知識です。
中間処理
出願国の特許庁から拒絶理由通知が発行された場合、出願国の代理人を介して拒絶理由通知が送られてきます。
拒絶理由通知は、出願国が英語圏以外の場合、現地代理人が英語に翻訳してくれます。
引用文献は通常は出願国の文献ですので、英語文献以外の場合、重要な記載個所は現地代理人が英語に翻訳してくれます。また、必要に応じて翻訳サイトを利用したりもします。
ここでの特許技術者として必要な能力は
・出願国の日本とは異なる特許の要件などのルールについての理解。
・ルールの違いを十分に考慮した上での拒絶理由通知への応答案の作成能力。
・米国や欧州などでは多量の引用文献を提示されることが多いので、それらを読み込み理解する能力。
などです。
まとめ
この記事では以前に自分がやっていた仕事内容を振り返り、特許事務所での特許技術者の仕事内容をまとめてみました。
読み返してみると、とても大変そうに見えますが。
しかし、心配はご無用です。人によって多少向き不向きもあるかも知れないですがそんなに難しい仕事でもないです。
私は関西の二流私立大学の出身であり、英語力なんて当初は中学英語に毛が生えたような程度でした。
おまけに口下手で、喋るといつも言葉足らずで人に誤解されるタイプです。この点は残念ながら今も変わっていません。
しかし、そんな私でも定年までの35年間勤められました。
コツコツやればほとんどの人は大丈夫です。
問題は地道な仕事をコツコツやれるかどうかだけです。
コツコツやれば仕事の技術は頭の中に蓄積されて行き、財産になります。
決して楽な仕事ではないですが、特に色々な最新技術に関わっていきたい方にはおすすめの仕事です。
この記事を書いた人
元特許技術者
特許事務所で35年間勤務
国内・外国出願およびそれらの中間処理を担当
国内出願の担当件数は1,500件以上
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